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2013.11.11 (Mon)

600丁の宇宙-NOTE

NHK スペシャル 至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎』を観た。

クラシック音楽や楽器のことにはまったく疎いわたしだが、これは面白かった。現存する約 600丁のストラド(と呼ぶのだそうだ)それぞれに強烈な個性と愛称があるとか、300年も前の大天才の業をいまだに捉えることができないとか、厨二ゴコロがキュンキュンしてしまったwww







PR:RL』。

3年も公式大会に出ていないのにまだ Queen とか名乗れるんですかあ~? とか、さすがにだれも言い出さないわな、そりゃ。

しかし、Aurora Rising が 3rd Jump 扱いだったことは、『PR:AD』から観てきたものとしては納得がいかないというかなんというか。まあ、跳ぶことによる特別な効果もなかったし、あれは真の Aurora Rising ではなかったのだと思うことにする。さすがに無限のアレと同グレードのものに生命をかけていたというのはヒドい話だし。

それにしても、「過去からの因縁」と「受難の恋」という、いつもの展開が見えてきて、ワクワクするよね! あとペアトモってどのコもカワイイとは思うけれど、アイツら、顔くらいの大きさで若干デカイな。怪鳥だ。







KILL la KILL』が面白い。

誇張と省略のダイナミズム。まさにアニメにしか出来ない映像表現、という印象。為になる。

ちょっとノリが全体的に大仰だけれど、それはいまさら、ということなのだろう。







「NaGISA の大先生サマ」の生放送(タイムシフトも終わったね☆)のためにニコニコ動画のアカウントを取得したわけだけれど、たぶんウチの XP さんの SPEC では快適な動画視聴は期待できそうもないので捨て置くことにした。

人によっては「人生における大いなる損害」と感じる方もおられるだろうが、しかたない。わたしは地上波でも観るよ。

あと、いちおう「大先生サマ」のコミュニティにも入っているはずなのだけれど、あれってプレミアム会員じゃないとコミュ主に旨みない感じかしら?



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00:54  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(1)

Comment

酒量ばっかり増えていって貯金も体重も横ばいなのはどうだろうか

どうもご無沙汰してます。今年に入ってから死ぬほど忙しくて(食当たりして吐いた翌朝も出勤したぜ!!)、休みにちょこちょこ覗くのが限界でした。
ゲームの制作に具体性がついてきたようで嬉しく思っております。系譜の前作品は未プレイですが、それでも理解できる内容にしてもらえるとありがたいです。というか、「~衰退しました」というのもライトノベルのもじりだったのですね。ついこの前知りました。ライトノベルまったく知らないので、妙に奇を衒ってるな、とか思ってはいましたが。すみません。

ノベル「ゲーム」という表記(表現)について、今まであまり意識してこなかったのですが、いざ問われてみるとわたしはakinoさんとは違って「デジタルノベル」という表記を使って欲しい側だな、と思いました。
わたしは多分、akinoさんより3、4つ上の年齢でして、ファミコンの勃興期に直面した世代です。それまで遊びといったら隠れん坊やら鬼ごっこや、ちょっと凝ったところで親に連れて行ってもらう魚釣りがせいぜいのところでした。そこに現れたファミコンの鮮烈さはこの歳になっても比肩するものはありません。おそらくこの先、目の前に宇宙人でもやってこない限りこのインパクトを凌駕するものはないでしょう。
閑話休題。
「ゲーム」性の高低はともかく、それをゲーム足らしめているものとしてわたしが認識しているのは「プレイヤーの意志が介在するか否か」です。帰結としてどちらの分岐を選ぼうが同一のエンディングを迎えるのだとしても、そこにプレイヤーの意志が反映されるのであれば、ゲームである、とわたしは思うのですね。一方で意志が一切介在しないものはゲームではない、と思うのです。すなわちデジタルノベル。
RPG(ロール・プレイング・ゲーム)は、かつてプレイヤーとGM(ゲーム・マスター)の対話によってなされる「ゲーム」でした(そこにサイコロの出目があったとしても)。GMは用意されたストーリーになぞらえてプレイヤーを誘導し、ひとつの物語を完成させる役割を担っていました。そしてプレイヤーはその「物語」の登場人物を「演じる(=ロールプレイする)」役割を担っており、時と場合に応じて勇敢な英雄にもなれば聡明な探偵にもなり、希にお人好しの道化にもなったりする。そしていずれの場合も「然るべき物語」をGMと共同で完成させる。
この際の「誤った行動」をいかに修正させるか、はGM(制作者)の手腕であって、そうであるべき誤答には正しく「BAD END」を用意しておくのが遊技、すなわちゲームの決まりだと思います。

ゲーム=遊技の決まりとして「その場限りで有効なルールを決定する」というものがあります。ホイジンガの『ホモ=ルーデンス』ですが、このルールに則ってプレイしての遊技があればこその「ゲーム」ではないでしょうか。すんません、酒が回り始めています。「礼儀正しい酔払い」(cf村上春樹)として、これは述べておかなければならないでしょう。ただ、上述のズレた反証として「ノベルゲーム」を「デジタルノベル」の上位に置く意志はないことは明記しておかなければならないとも思います。小説と映画の最高傑作を比べても意味がないように、「デジタルノベル」と「ノベルゲーム」を比べても意味がない。依って立つ位置が違うのであれば、受け取るこちら側が努めて意識しなければならないでしょう。
わたしの乏しい経験からして、最高のフリーデジタルノベルを超える最高のフリーノベルゲームは存在しないように思います。もしこの反吐のような駄文を見ている作者さんがいたら、土下座して謝ると同時に一層の奮起を促したい限りです。
エコー |  2013.11.11(月) 23:49 | URL |  【編集】

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