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2013.05.04 (Sat)

手元 Reset-Free Novel Games

とおりすが Z さんの「私論」。



#364

一言で表すなら「メディアミックスの体現」ですね。テキストを主体とした画像と音の演出による融合を目指してます

画面に映し出された映像と小説に書かれた情報が脳裏で再生され相乗効果を生み面白さが 2倍にも 3倍にもなって作品に引き込まれました



#369

私から見て「ノベル」でありながら「映像」を優先する人たちは過去に存在した「デジタルコミック」や「やるドラ」などのアニメ演出を重視した ADV の復活を望んでノベルゲームに居着いてるだけじゃないのという疑念があります。もしそうであるならば、「ノベルゲーム」ではなくて「ビジュアルゲーム」とジャンル名を区別してもいい頃合じゃないかなと最近の作品を見ていると感じます

その他に、テキスト下表示の構造に引っ張られるように年々テキスト量が減っていることが面白さに繋がっているのか疑問を持っています。ノベルゲームの画像演出は簡易的なものです。ある意味テキストはそれを補うことになってるわけですが、画面で演出するからそれを削っても問題なしって言えるほどのレベルには到底なれないと思うのです。簡易表現なのですから

今のノベルゲームはこの「2001年宇宙の旅」のようにテキストで表現した方が効果があることまで画像で表現して作品をつまらなくしてるケースもあるんじゃないかと感じることがあります



#370

改めて言いますけど、画像演出を主体とした現在主流の下テキスト表示の作品も好きなのですよ

私は初期の頃から散々やりまくっているので、現在までの進歩の仕方を目の当たりにしてます。特に強烈に残っているのが初期作品に対する演出否定の批判です。この演出否定はフルボイス化が本格的になるまで続いて、ある意味ノベルゲームの方向性を歪めたと私は感じています。この辺りにも「読み物」と称する人と差別化をするために「メディアミックス」と称する動機があります

私の説明が上手くなくて否定的な部分を強く感じているかもしれませんけど、「映像」と「ノベル」のどっちを取るか選択を迫られたとき、どちらかと言えば「ノベル」を取るというだけです。こうやって考えをぶつけているから私論として際立ちますけど、普段はほとんど気にしてません。でなければ、現在主流の構成も好きだとは言いませんし。私にとっては、意識したとき譲れない部分ではあっても、他人に押し付ける気まではないといったところでしょうか

あとはそうですねー、詳細な語り口が合わない人も当然いますけれど、これはもう好みの問題なので範疇外として批判は当たり前と割り切ります



#373

私の言う「メディアミックス」は正確に伝わらないでしょうけど、何となく違うと思えれば良いのです。そこが大事

PC ノベルゲームの中での話なので、違います。96年にビジュアルノベルが生まれ、2003年からフルボイス化が本格的になります。この間の作品はテキスト下表示とテキスト全画面を好む人でゴチャゴチャ言い合っていることも多く、テキスト全画面を好む人にとって下テキスト表示は邪魔だったのでしょう。無差別に演出を拒絶して「読み物だー、読み物だー」と言ってました。

それで、フルボイスがいよいよ本格的に根付きはじめた2003年からは製作コストの問題もあるのでしょう。それまであった演出が一斉に消え去り、表情変化のみの演出にレベルが低下します。(同時にテキスト全画面はキャラ表情が隠れるのを嫌われ自然と下表示が主流となってきます)

変わりに技術進歩したのは使いまわしの効くシステム関連です。ここから「読み物」と叫んでた人に都合の良い機能が盛られていきます。なので、自然と演出批判も小さくなりました。で、いよいよシステム部分もやり尽くしちゃったから仕方なしに手付かずの演出に近年ようやく手を出しはじめたという流れです


文士目線では、下テキスト画面表示というのは1画面に表示できる文字数の制約を受けた窮屈な仕様です。その縛りの中で負担を強いられている文士に想いが及ばす、演出の手を抜いているというのが共同製作されている作品をプレイした場合に「文士は小間使いじゃないぞ。負担押し付けるならキッチリ演出しろや」と思うときがあるのです



#374

復権というよりも「非主流もっと頑張れ!」ですね。押し付けは碌なことがないってのを実感してるので「望むなら自分で作るべし」なのです

オーソドックスで十分ですし「読み物」って声高に叫んでいたことで過剰に高機能化していったんだと思いますそして商業作品の場合では見た目の豪華さで誤魔化すことで労力減らせるので都合の良い言い訳としてそれに乗っかったのだと思います。

フリゲの場合は理由が違っていて、そのシステムは必ずしも作品を製作してる当人たちが作っていることばかりでありません。高機能のシステムに羨望を抱いてネットに落ちているサンプルを拝借して製作してるケースも多いです。元の自力が低いので立ち絵動かしてアニメしたいけど出来ないというのが真相だと思います。

短いネタでも良いので実際に試して動かせば見た目と違ってどれだけ大変か理解できると思います。(慣れればどうってことないですけど、コツが分かるまでが辛過ぎて慣れようとする行動力ある人が少ないのでしょう)


前々回だかに書いたと思うのですが、そう言われてしまうと「映像ならアニメ・ドラマ・映画などの方がより表現が豊かになるでしょう?」で終りなのです。好き嫌いはもう好みの問題で私にはどうにも出来ないので、「残念だけどアナタとはご縁が無かったですね。好きな作品に出会えると良いですね」としかいえる言葉がないです。何をどうしたって不満をいう人は必ずいます。それを割り切れる胆力を持つことも作品をつくるのであれば非常に重要になります

そして、ご想像の通り「製作の見通しの甘さ」ですね。コミュ不足というよりも実現できるほどのスキルを元々備えている人員が居ないのです。製作当初は能力以上のことを手が届く範囲のことと錯覚して無理してやってるので息切れするのだと思います。

あと、製作内での文士と絵師のパワーバランスですね。akino さんがそうであるように、テキストよりも絵が重視されがちなのです。

下テキスト表示という構成から想像できると思いますが、発言権は文士よりも絵師の方が高いです。で、作品はシナリオがなければ成り立たない訳ですけど、極端なことを言うと絵は無くても作れます。けど、絵が欲しくて参加してもらっているので無下に出来ないわけです。そんな絵師は自分の絵を「素材」として位置付けられていることに少なからず不満をもってます。つつき過ぎるとヘソ曲げて音信不通になるのも居ます。製作半ばでそうなるのは困るわけで、ハズレ絵師を引いたときに残念な出来になるのです。こういった作品をプレイしたときに「これ面白いのに失速して残念だなー」って思うわけです




最新コメント:

#375




コメントを読み返してみると、確かに一貫性のある主張だし、これだけの情報量があれば「私論」の全体像を考察することもできるけれど、なんだかメンドくさくなってきた。

「テキスト表示の形式」がどうとか、「映像とテキスト」の対立関係とか、「商業 PC ノベゲがどう手を抜いてきたか」とか、「共同制作における各々のパワーバランス」とか、そんなことはさほど重要ではない、重箱の隅に思えてきたからである。

なにか、正対して「議論」しているようで、実はお互いまったく別々の方向を見ながらもくもくと Tweet している感じ。目的を見失いかけている。

そもそも、「私の中では完全に固まっている理想なのでブレるようなものじゃないのですよ」というのなら、つまり、これ以上の発展性を見込めないというのなら、別に情報交換を重ねる必要もなくなるのだ。「与ふ」にしろ「奪ふ」にしろ、「Give and take」が成り立たないのだから。

すでに「12回」もコメントをいただいているわけだから、すでにわたしの「知人」であることは明白なのだが、「信頼関係」けているのかはまた別のはなしなのであった。

とりあえず、「メディアミックス」と「テキスト表示形式の違い」における具体的な演出技法について考えてみたほうが建設的なのかなー。意外と抽象論的で、パッとイメージが湧くようなものでもないからなー。



というか「メディアミックス的演出」って、それこそ本家「サウンドノベル」シリーズでいくらでも試みられてるんじゃね? という気もしているの (´・ω・`)



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18:22  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(1)

Comment

>なんだかメンドくさくなってきた

では、これで終了しましょう。ご不快に思っている気配も感じますので。

>目的を見失いかけている

うーん。というかですね、議論というのは互いの相互理解であると同時に「自分の考えがどれだけ正しいか、あるいはどう思ってたのかを再認識する機会」であって、相手に自分の意見を押し付けるものではないのです。
これが議論というものの本質です。

結果的に同調することもあります。これまでakinoさんはそういう事例が多かったのでしょう。
けれど議論というものは基本、対立で終えるものなのですよ。
今回の場合は、私が誰に何言われても揺るがない理想となっているのでそれが特に顕著なだけなのです。

この議論はakinoさんの質問からはじまったもので、それに応えたものです。
そして、akinoさんにとってもは不幸かもしれないですけど、聞かれたことは私の中で他人の入り込む余地のないほど理想だったのです。

それでも応えたのは私ではなく、akinoさん自身の理想を揺ぎ無いものにするための参考材料になると思ったからです。
私に向けて色々いわれた指摘を解消すればakinoさんの思い描く理想を体現した作品に近づくはずです。

(※共同製作においてもこんな感じに意見がぶつかります。それも頻繁にです。例え意見が正しいものであっても、リーダーの統制によって却下されたりもします。けど、成功している作品の場合では、なぜ却下されたか経験則から本人たちは理解してます。失敗している作品の場合は、理解してないメンバーが多いのでモヤモヤを抱える人ばかりで、統制が上手くいかず完成が中途半端になります)

ここまで私と意見を交わしてakinoさん自身の考えがわずかかもしれないですけど、補強されたと思います。
それの考えをもって製作に励まれてください。
とおりすが Z |  2013.05.05(日) 10:21 | URL |  【編集】

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