09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

2013.04.25 (Thu)

連休に 遠出するのは 疲れそう-Free Novel Games

人によっては、すでに 3作も公開しているガムベースさんに対して、ノベゲ制作においては「初心者」であるわたしがなにをエラソーに意見しているのだ、と思われるかもしれないwww






わたしも、自分が固執しているものがなんなのかを省みてみないといけないかもしれないが、おそらくは「自主性」「自発性」に重きを置きたいと欲しているのではと思った。たぶん、レビュアーとその Follower の関係性を「キモい」と感じることと根はおなじなのではないだろうか。

例えば、作品の最大の魅せ場である感動的なシーンを構築するとする。このとき、自分が以前ココロ打たれたドラマや映画のシーンを思い描き、自分を信じてその演出を真似してみるのと、どこかのノウハウ記事の「感動的なシーンを演出するには、こういった曲調の劇伴を、このタイミングで流すと効果的ですよ」という指南をまるまる流用するのとでは、仮に本人の満足度やプレイヤーの評価がおなじであったとしても、後々に影響する「経験」としては、明らかな違いがあるはずだと考えてる。

というのは、勉強嫌いの人間の言い訳に過ぎないのだろうか?www



前回、ガムベースさんの構想するまとめサイトは有用性に疑問があると書いた。というか、考えてみればわたしのやっている「素材サイトアーカイブ」も、どれほどの役に立っているのか見当がつかない。実際「無名の一般ぴーぽー」にできることなどほとんどないのかもしれない。

とはいっても、ガムベースさんの主張そのものの価値を否定する根拠がないので、支持はさせてもらいたい。そう、例えば「Novelers' Material」で制作上の技術的なノウハウを「素材」として配布してみるというのはどうだろうか。

あの Union には優秀な制作者がたくさん係わっているから、彼らが協力してくれれば情報の信用性が高まるし、規約が存在しているので著作権の問題もクリアできる。あるいは既存のノウハウ記事にしても、きちんと許可を取り付けさえすれば「素材」として載せることも可能だろう。それに当然、他の素材へのアクセスも容易なので、より包括的な制作支援につながるという、運営側の旨味にもなる。これならガムベースさんひとりがガンバって情報をかき集めてくるよりかは効率的かつ効果的に「まとめ」を形成できるのではないか。まさに「集合知」。ただ、わたしはちょっとアレな立場なので、ガムベースさん、提案してみてくれませんか? リニューアル中ならタイミングも良いしwww



ただ、やはり「どんな素材を作り・集め、「総合芸術」としてあるためにどのように演出すればよいか、という部分」も基礎的な知識の内である、というのはいまいち納得がいかない。

いや、ガムベースさんの「ほんとうになにもわかっていない、まっさらな初心者には、どんなノウハウでも有用な知識になり得る」という言い分は、理屈としては理解できる。

けれど、「自分の作品のあり方」は創作のキモともいえる領域で、その重要部、つまり「作品の形式はどうするのか? テーマはどうするのか? 背景画像・楽曲などの素材を、どのような統一感を目指して収集するのか? 画面レイアウトは? 文章の表示形態は? 文字の大きさやフォントの種類は? 等々」といった作品全体のグランドデザインまでもを他人(の見識)に求めるというのは、どうも納得ができないのだ。

まあ、「ノベルゲームが作りたいから作りたい」というだけの初心者に対して「もうすこし真面目に考えろ」と言ってもしかたがないとか、厳しくすると間口を狭めることになるといった声もあるかもしれない。

だが、過去に評価を得た作品で、グランドデザインを持っていなかったものなどないと、わたしは確信する。それは、その制作者にとっての処女作であっても変わりはない。わりと引き合いに出される「才能」とも関係がない。ただの「意識の問題」ではないだろうか。ほんとうに初心者のためというのなら、技術以外の心得も伝えるべきではないのか。

ただなんとなく、ぼんやりと作った作品が、褒められもせず貶されもせずに埋もれていくだけというのがいちばん酷な話なのではないかとわたしのようなものは考えるのだが、どうだろうか。







続いていただいたコメントへのお返事



うーん、ガムベースさんがなにを疑問に感じておられるのかが、いまいち把握できないwww

読んでみた感想として判断」し「評価する」のは当然のことではないですか?

仮に「『奇を衒う』ために、オーソドックスな形式から意図的に外された作品」を「小賢しい」と思えばそう書きますし、もしその小賢しさが読み手に悟られないほど完璧に偽装されていたのなら(そして自分の好みに合致したのなら)素直に褒めると思います。「魂を込めて書いていたつもりが、何となくオーソドックスな感じになってしまった作品」も、結果が「オーソドックスな感じ」なら、そう評価するでしょう。


というか、このふたつの例がなにを指しているのかもいまいちなのですが、もしかしたら「製作者の意図」について書いているのかなあ? とすれば、わたしは、仮に製作者の意図や真意がなんであれ、「作品内で表象するもの」だけがすべてであり評価の対象であると考えています。制作者がどれだけ時間を捧げたかとか、なにを犠牲にしたかとか、そういったバックボーンはどうでも良いのです。

そもそも、フリゲの製作者さんなら「個人情報をほとんど公開していないのでその人となりを理解することすらできない」こともザラですから、自然とそういう考えに行き着くものだと思っていたのですが、違うのでしょうか。


あるいは、「レビューの主観性・客観性についてのもやもや」についてチラリと言及しておられるので、もしかしたらガムベースさんは「ノベゲ作品に対して、完全に主観に依った評価を下して良いのか?」とお考えになっているのかもしれません。というか、そういうふうにも読める。

仮にそうだとしたら、わたしはもともと「中立かつ公正公平」な客観評価、例えば「悪い点について言及するなら良い点も併記しなければならない」とか「プレイヤーにも製作者にも有益でなければならない」といったレビュアーの価値観に反発しています。

わたしにとってはどうでも良いしがらみから、限りなく自由でいたいのです。もちろん、主観にのみ依るわけですから、時にはわたしの無知や浅学ぶりを晒すことにもなるでしょう。それでもわたしは自分のやり方を貫きたいのです。それがいちばん楽しいから。

そういった考えでやっていますから、ガムベースさんがなにを疑問に感じられたのか、良くわからないのです。すみません。


あと、「作品を読むことで「生命」を感じ取られている」とありますが、別にいつも「生命」溢れる作品ばかりに出会っているわけではなく、正確には「生命」を感じ取れる作品に出会えたらラッキー、くらいのものですよ。その出会いだけで幸福なのです。







ガムベースさんの「納得が報酬」という価値観は、以下のエントリに綴られている過去作についての自己評価にもつながっているのではないかと思う。




ガムベースさんの作品はいちおうすべて DL しているはずなのだが、「ロリコン」というテーマから、食指が動きようもないこともまた事実で、さてどうしたものか。

製作者さんへの気遣いをあえて考えないとか決めていると、ふと実際に知り合いになったときに困る。そうそう悪い人もいないから。自己嫌悪はしょっちゅうよwww



関連記事
03:11  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(1)

Comment

「影響を受けた作品の演出を真似してみる」のと「指南をまるまる流用する」のは違う。なるほどそうかもしれません。また、「指南」を流用するにせよ「実例」がないことには演出の効果は理解できない、といったこともあるでしょう。
僕としては、akinoさんのご意見も参考にしてみますと、「与えられた様々な情報を取捨選択し、過去の読書体験と合わせて、自分の作品の『グランドデザイン』を形作る」というのが、イメージできるのですよね。
でも、これは、「感じるままに作れ」よりもさらに難度の高いことなのかもしれない。あべこべなことを言っているのかもしれません。
もし僕の、何らかの考えが「作品全体のグランドデザイン」を縛るものならば、修正していきたいと考えます。

……と、考えながら、「実例」を示すところでは「レビュー」がよい役割を持てるんじゃないか、という気がふとしました。「公平」なレビューより、制作者にとっては、「技術の実例を示す」レビューのほうが実用性は高いし、面白いのですよね。「レビュー」というよりはっきり「批評」と表現するべきでしょうか。


「Novelers' Material」でノウハウを素材として配布、というのは面白い気もしますが、ダウンロードして見るという形には合わない気もしますね。「ツール」のところにスクリプトがアップされてたりもしますので、やり方によってはできるのかもしれませんが。
せっかく支持してもらったところですが、「集合知」については発案だけです。akinoさんや道玄斎さんのご意見に散々言及しておいて無責任かもしれませんが、多くの人を巻き込んで、決して軽くないだろう手間を負ってもらうというのは心苦しいし、僕にとっても重荷ですので。また、僕に発言力があるわけでもない。
まあ、どこかで、やろう、という話があれば、協力したいとは思いますけれど。
こういうとき、すっと動ける人は、すごいと思います。


「「読んでみた感想として判断」し「評価する」のは当然」だと、僕も思います。
だから「生命」だとか「オーソドックス」だとかも、「どんな意図で作ったか」や「どうやって作ったか」には関係がない、akinoさんが書かれているように、これは読む側の主観の話でしょう。
僕は、前回のエントリから、そういった「作る過程」の話で良し悪し(「生命」のある作品か、「量産品」か)が決まるみたいにいっている印象を受けたので、疑問を覚えたと書いたのです。
オーソドックスに「作ろうとして」も、あるいは作るよう「勧められた」としても、生命が「結果として」は宿るかもしれない。どんなものができるかなんて、作ってみて、読まれてみるまで、わからない。僕は、作品の魂は「非オーソドックス」に「作ろうとする意図」から宿るものではないと考えています。
あえて「制作者の意図」の話をすれば、「書きたいものがあって、自分が納得いくように書けたかどうか」ということに、左右されるのかなという気がします。
というより、僕自身がそう信じているのです。
でも、この件は、akinoさんの考え方が知りたかっただけなので、「「作品内で表象するもの」だけがすべてであり評価の対象である」と改めておっしゃるのであれば、僕はそれで納得します。
制作や観賞の態度なんて、まさに人の数だけあっていいものだと思います。

「ノベゲ作品に対して、完全に主観に依った評価を下して良いのか?」は、まったくの逆ですね。「客観的な評価などあり得ない」と僕は考えています。
それだけでなく、そもそもレビューにおける「主観」「客観」って何?ということから疑問に思っています。
本当に「もやもや」な状態なのです。


僕は「自由」に固執しているのかもしれません。
制作者は「オーソドックスさ」からも「斬新さ」からも「自由」であってほしい、と恐らく、考えているのでしょう。「オーソドックス」なものも「斬新」なものもあっていい。


僕のゲームですが、ロリコンというだけで引いてしまうakinoさんの体験が快いものに終わるとは思えません。もちろんプレイしてもらえるなら、とても嬉しいですが。ご自由にどうぞ。
ガムベース |  2013.04.26(金) 00:55 | URL |  【編集】

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://sorrry.blog.fc2.com/tb.php/824-a492936f

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME |