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2013.04.11 (Thu)

最近 毎日かかさず チェックしている-Free Novel Games

NaGISA13





まあ、むかしとは意味合いが違うのだけれど。これでは「粘着」と罵られてもしかたがないwww



「NaGISA の大先生サマ」が次回作の構想を練っているそうで。スマホ版『ゆめ空』が予想外にウケたらしく、それに触発されて創作意欲が沸いてきたそうな。

彼のやる気ぶりを見るに、プレイヤーからの肯定的なフィードバックが制作者のモチベーションにつながる、ということはあるのだな、と感心した。そうなると、有尾さんが言うとおり「大先生サマ」のレビューもそれなりに重要な役割を担っているのだといえるし、また、「大先生サマ」自身も肯定的な意見のありがたさを理解しているからこそ、それをポリシーとして掲げ、実践しているのだともいえる。なかなか興味深い。


それにしても、構成要素をほぼ自分でまかなっていた、ある意味でこぢんまりとしたシロート感の強い作風であった「大先生サマ」が、そこいらの制作者とおなじように、絵師さんを担ぎ出しての「ヴィジュアルイメージ志向」に転向したこともまた興味深い。

例えば、現在絶賛リメイク中の『ゆめいろの空へ~ただいまっ!(ゆめ空 R)』では、「一年」という時間経過の表現や、そのなかでのさまざまなイベントに対応するために、相当なパターン数の立ち絵を描いてもらっているそうである。

さて、製作中の「ゆめ空 R」。立ち絵がかなり揃ってきて、もしかしたら今年中に完成するかも、というところまで来ました(……)。ヒロインであるスピカは、服装だけで10種類、しかもその全部がレイヤー利用ではなく描きおろしという、前代未聞の作品です。季節で各キャラの服装が変わります。また、千衿は、季節が移ればだんだん髪が伸びていきます。こんなわがままをきいてくださっている絵師さんには、頭が上がりません( NaGISA net / 2013.03.15 )

この「大先生サマ」のこだわり(や自画自賛www)や、相手の求めに見事に応えてみせた絵師さんの労力は賞賛に値する。


ただ、作品数を重ねた製作者というものは、結局はヴィジュアルノベル的な「型」に収まることを良しとするのかと、虚しくもなった。そこそこ見栄えのする立ち絵を並べ、重要なイベントはスチルを挿入する……あまりにもありきたりで凡庸ではないか。『エイト・ストーリーズ』も仲間内で褒め合ってはいたけれど、無関係な外部からの視点で見れば、特段に優れた演出効果を生んでいたとは思えない。せいぜい「ラノベの挿絵」くらいのものだった。

おそらく「大先生サマ」は『エイト・ストーリーズ』や『ゆめ空 R』を制作するなかで、作品を幅広い層のプレイヤーにフックさせるためには、見た目も重要だということを学んだのだろう。そして、その考えは正しい。

しかし、じゃあ例えば「すでに有名な小説やマンガを原作にする」「認知度、人気ともに安定した俳優をキャスティングする」ような映画やドラマは確かに大衆にフックするのだろうが、肝心の中身が果たして「おもしろい」のかというと……ということは往々にしてある。

個人的には、絵師さんを用いたヴィジュアルイメージの有無が作品の完成度に影響するとは思いたくない。商業・同人問わずあまりにもありふれたものの、しかもモノマネを手放しで礼賛するのはツマラナイからだ。

わたしは、Free Novel Game の新たなる地平を切り拓くものを欲する。







とおりすがZさんからのコメント:#359


とおりすが Z さん、はじめまして。コメントありがとうございます。




>この意見は自分もどうかと思いましたね。

そうですね。例えば、長編小説を 10冊読んでぼんやりと把握できる事柄が「ノベルゲームのシナリオ製作技法」のような本を 1冊読み込むことでハッキリと理解できるのなら、そのような指南書にもそれなりに価値はあるといえます。

まあ、「大先生サマ」の言わんとするところもわからないではないのですが。たぶん彼は、小手先だけの技術ばかり覚えてあたまでっかちになるよりも、「生」の物語に触れた感動のなかからいろいろと学んだほうが意義がある、と言いたいのではないでしょうか。

ただ、彼の説く「コツ」が、いささか稚拙で説得力に欠けることも事実です。もちろん、以前にも書いたとおり、知識や「型」の蓄積は大切です。「引き出し」や「ストック」が増えることは物書きとしての強みになるでしょう。しかし、それはただ「情報があたまのなかに堆積している」に過ぎず、それだけではなんの役にも立たないと、わたしは考えています。「あー、面白かった☆」の積み重ねでアラ不思議、などということはありえない。それは夢物語です。

まず「面白い物語」を解析し、思考を巡らせ、自分のフィルタを通して理解しなければ、「それがなぜ面白いのか」をわかったことにはならないでしょう。そして、実際に「自分の物語で」活用できるものなのか試してみる。どんなに面白いアイディアも使い方によってはまったく役に立たないこともあります。その噛み合わせを事前に把握することは難しいでしょう。となると試行錯誤を避けては通れない。

つまりは、物語や文章を「蓄積」し「精査」し「実践」する、これらのプロセスを幾度も踏むことによって、ようやく自身の経験として血肉化するのではないでしょうか。と、「面白い物語」を紡ぐ才に乏しいのなら、せめてこれくらい「突っ込ん」で書くべきです。

(まあ、「大先生サマ」のような聡明な人物はもちろん、作品をいちいち完璧に解析し、熟考に熟考を重ねることなど容易な作業であるはずなので、メンドくさい部分はいろいろ端折って、あのような「高説」を垂れているのでしょうがwww)

ハッキリと言ってしまえば、「ノベルゲームのシナリオ製作技法」も「面白い物語」も、自分の技術を向上させるために用いるのなら、どちらも大差はないと、わたしのようなものは考えます。というか、どちらかといえば、過度の本読みになるよりかは、さまざまな表現法に興味を抱くことのほうが、よほど良い影響があるのだと信じていますが。



ところで、とおりすが Z さんは、「ノベルゲームのシナリオ製作技法」のような本をお書きになるような立場にいらっしゃるのでしょうか? 「一般ぴーぽー」がこういった切り込み方をされるのも、なかなか珍しいように感じましたので。



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02:13  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(1)

Comment

どもども。ご返答ありがとうございます。
関連書などを書いた経験はありませんけれど、私は底辺のノベルゲーム製作者です。

全くのゼロから覚えた実体験からの意見なのですね。
先方の言っておられる指南書を無意味と切り捨てる根拠の出所には私も身に覚えがあるのですけれど、長年レビューやら素材配布やらしてる人の意見としてはダメすぎだろうと。

以前から感じていましたが、講座的なものに関しての素養は皆無だなと思った次第です。

何というかレビューのやりすぎで、自分の中のノベルゲーム観と今現在のノベルゲーム観とにギャップが生じていることに我慢できず、声がデカイのを利用して自分好みのノベルゲーム観に染め直そうって利己主義が透けて見えて不快なんですよね。

これから作ろうとノベルゲームの世界に入ってくる新規参入者のためにならないだろうなと他所に書き込もうと思える程度に感じ入っています。
とおりすがZ |  2013.04.12(金) 11:36 | URL |  【編集】

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