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2015.12.02 (Wed)

学力高い人の考えることは 不可思議 でござる-NOTE



















ほんとうはまとめにしたほうが親切なのだろうけれど、メンド……まだ続きそうなので。


で、単純な疑問なのだけれど、「これって誰得?」なのだろうか。

クリックによる読み進めの負荷を大きくすること、「先へ進」める作業をあえて「たいへん」にすることで得をするのは誰なのだろう。

以前、ガムベースさんはノベゲにおいて「プレイヤーに (意味もなく) 負荷をかけてやりたい」と tweet していたことがあるのだけれど、それの延長線上としての「たいへん」さなのだとしたら、あまりよろしくないのではないの?






そもそも、前提としているこのあるべき「ためらい」「疑い」とやらも、ガムベースさんの主観でしかない (他人もおなじように感じるとは限らない) し。






あと、「文章と動的演出が同期している、瞬間瞬間の時間的体験」で必要になってくる「能動性」「主体性」ってなに?

流れる時間の不可逆性に固執するなかでの「能動性」「主体性」ってなんだろう。

作品上で表現される物語に対するもの? なにね?



音楽的素養もあるガムベースさんが「時間的体験」にこだわるのはまあ、理解できるのだけれど、プレイヤー (というより鑑賞者?) の「自由」を奪って良しとするのは、制作者の傲慢だと思うよ。


例えば、レゴを与えておいて「でも、これこれこういうカタチにしか組んではいけません」というのはつまらないよ。

制作者の想定範囲内だけでの反応を (例え暗にでも) 要求するのは良くない。

そういう意識の制作者がプレイヤーとのあいだでトラブルを起こしてダメになること、良くあるからねwww






もっと気楽に考えたら?www



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